(働き方改革を問う:6)残業規制の外で 「裁量労働制」悪用の恐れ

 朝日DIGITAL 2017年6月18日

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12993260.html

政府が導入をめざす働き方/残業代や手当の支払い方の違い/働く時間は裁量労働制の方が長い(画像省略)

■専門的職種対象

「みなし労働時間制を導入したい。うちに合ったシステムで、働き方を調整できる。新聞記者と同じだ」

京都市に住む40代の男性は、勤め先だった工房の社長からこんな説明を受けたことを覚えている。工房の仕事は、寺や神社の天井画や壁画、彫刻などの制作。色を塗る作業が中心だ。

2013年12月、課長から係長に降格され、月給が4万円減った。弁護士などに相談し、専門業務型の「裁量労働制」が正しく適用されていないことがわかってきた。仕事の進め方や時間配分をある程度自分で決められる働き手に、あらかじめ決められた「みなし労働時間」に基づいて残業代込みの賃金を払う制度だ。それ以上働いても追加の残業代は出ない。研究職や弁護士、記者など専門的な職種が対象。労働者の過半数を組織する労働組合か、過半数の代表者と労使協定を結べば導入できる。

労働基準法の施行規則では、室内装飾の新たなデザインの考案は、専門業務型の裁量労働制を適用できる業務の一つとされている。
 ■遅刻で差し引き

男性の仕事は「デザイン」とされていたが、実際は金箔(きんぱく)を貼った和紙に、決められたデザイン通りに色を塗る作業をしていた。「多いのは蓮(はす)、鳳凰(ほうおう)、孔雀(くじゃく)のデザイン。オリジナルはありません」。もっぱら工房で作業し、労働時間も管理されていた。「午前9時には絵筆を持っていないといけない、と言われていました」

協定に基づく平日の「みなし労働時間」は7時間。実際は午後10時まで働くことが多く、遅刻や早退で賃金は差し引かれた。男性は裁量労働制の適用は違法だと訴え、未払い残業代を払うよう工房と交渉したが難航。14年10月、提訴した。

工房側は交渉や裁判で「労使協定は労働基準監督署が受理した。落ち度はない」と主張。労組はないが、11年4月から3年間の協定があり、従業員のサインと印鑑が残されていた。サインをした従業員が「自分を(過半数の)代表者にする会合や選挙が行われたことは全くない」とする陳述書を裁判所に提出。京都地裁は4月の判決で「手続きが適法ではない」と認めた。男性と工房は和解した。

「裁量労働制は悪用しようと思えば悪用できる制度だ」と男性。労基署で就業規則や労使協定を確認した際、「書面がそろっていれば協定は受理する」と言われたという。「違法だと思っても、『裁量労働制だから残業代は出ない』と事業主に言われると、『そうなんだ』と思ってしまいがちだ。被害が潜在化しやすい」。男性の代理人弁護士の塩見卓也はそう指摘する。
 ■法人営業に拡大の動き

政府は裁量労働制の法人営業などへの拡大や「高度プロフェッショナル制度」の新設を目指している。同制度は専門職で年収の高い人を労働時間の規制から外すもので、残業や深夜・休日労働をしても割増賃金が一切払われなくなる。

労働時間規制を緩めるこうした働き方は労基法改正案に盛り込まれ、国会に提出済み。働き方改革実行計画は、改正案の早期成立を目指すと明記したが、「長時間労働の是正に逆行する」との批判が根強い。

民進党の長妻昭は2月の衆院予算委員会で、裁量労働制の対象職種の拡大についてただした。新入社員の過労自殺に揺れた電通の社名を挙げ、「広告会社の営業があてはまる可能性はあるか」と質問。厚生労働相の塩崎恭久は「広告制作や広告枠の営業は対象にはならない」と答弁したが、電通の前社長、石井直(ただし)は昨年末の記者会見で、裁量労働制の導入を検討課題の一つに挙げた。労基署から是正勧告を受け、約10億円の未払い残業代の支給を決めた音楽大手のエイベックス・グループ・ホールディングスも裁量労働制の導入を検討しているという。
 ■「管理監督者」扱いに

弁当チェーン「ほっともっと」を展開するプレナス(福岡市)の男性社員は11年7月、店長をしていた三重県内の店舗で自ら命を絶った。30歳だった。

遺書にこう記していた。

〈もうこれ以上前に歩いていけません〉

10年4月に入社。数カ月後に長野県内の店長を任された。亡くなった時は三重県内2店の店長を兼務していた。長野市に住む父親(71)によると、具合が悪くなったのは11年春ごろ。妻に「眠りが浅く、疲れがとれない。何もやる気が起きない」と話していたという。

妻とまだ幼い長男との3人暮らしだった。亡くなった3日後、葬儀の日に次男が生まれた。「待ち望んでいた赤ちゃんの顔も見られずに死んでいくのは、どんな気持ちだったか」。父親は声を詰まらせる。四日市労基署は労災を認めなかったが、遺族が再審査を求め、国の労働保険審査会で労災が認められた。審査会は、男性が11年3月下旬に精神疾患を発症し、自殺に至ったと判断。発症の数カ月前には月100時間を超える時間外労働を継続的にしていたと指摘した。

父親は、社員の安全への配慮を怠ったとしてプレナスに損害賠償を求めて長野地裁に提訴。プレナスは裁判で「強度な心理的負荷を生じさせるような長時間労働の事実は存在しない」などと主張し、請求の棄却を求めている。プレナスの広報担当者は「係争中の案件なので、コメントは差し控える」としている。

遺族の代理人弁護士の一由貴史(いちよしたかし)は「現場の店長に過ぎない男性が管理監督者として扱われた結果、労働時間の管理が甘くなり、長時間労働に陥ってしまったのではないか」と指摘する。

管理監督者とは、経営者に近い立場で、働く時間を自分で決められる管理職に適用される労基法上の制度。労働時間規制が緩い働き方の一つで、深夜業務(夜10時〜翌朝5時)を除き、残業時間に応じた割増賃金を払う必要がなくなる。

静岡県内のほっともっとの店長だった女性が未払い残業代などの支給を求めた裁判では「店長は管理監督者か」が問われた。2月の静岡地裁判決は、女性が経営上重要な決定に関わっていなかったことなどを理由に「管理監督者とは認められない」と判断。約170万円の支払いをプレナスに命じた。栃木県内の元店長の男性が未払い残業代などの支給を求めた裁判でも、大分地裁が3月、約1千万円の支払いを命じる判決を出している。

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