ギグ・エコノミーと労働者の関係はいかにあるべきなのか? (10/7)

ギグ・エコノミーと労働者の関係はいかにあるべきなのか?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191007-00000002-courrier-int&p=2
2019/10/7(月) 17:00配信 クーリエ・ジャポン

ギグ・エコノミーと労働者の関係はいかにあるべきなのか?

Illustration: Yoriko Wada

イスタンブール発バクー(アゼルバイジャンの首都)行きの機内で「アイ・ウィル・サバイブ」という名曲を聴きながら、この原稿を書いている。誰もが知っているグロリア・ゲイナーの原曲を、女王アレサ・フランクリンが完全に自分のものにしている。そんなアレサは、もうこの世にはいない。
不思議なことに、数日前に滞在したワルシャワで呼んだウーバーの車内でもこの曲がかかっていた。しかも、何という偶然だろう、ドライバーはアゼルバイジャンからの留学生だったのだ。ワルシャワのウーバーの運転手は地元民かウクライナ移民なので、アゼルバイジャン人のドライバーに出会ったのは初めてだった。

そんな偶然が重なったことと、先月号で触れた吉本興業騒動の論点とも関連するので、今回も引き続き「個人事業主」について考えてみることにした。場所は、カリフォルニアに飛ぶ。

「従業員」と「個人事業主」の違い
カリフォルニア州では、2019年9月18日にフリーランサー(独立業務請負人・個人事業主・ギグワーカー)等の権利に関する新しい法律(AB5)が成立し、来年の1月から施行されることになった。

この法律によると、一定の条件を満たす場合、企業はフリーランサーを従業員として雇用しなければならない。何年も前からウーバー等のライドシェア会社の契約運転手たちが待遇改善(最低賃金保証、失業保険、労災補償、有給休暇、労働基本権等)を求めてきたのだが、紆余曲折を経て、ようやく法制化に至った。

この州法では、以下の3条件を全て満たす場合に限り、契約社員を「個人事業主」として扱うことができる。逆にいえば、この条件を一つでも満たさなければ、「従業員」(つまり日本語で一般的にいう「正社員」)として雇用しなければならなくなる。

1)業務遂行にあたり、契約相手企業の指揮命令系統下にない
2)請け負う業務は、契約先企業の事業の中核を成すものではない
3)契約相手と同じ業界で独立したビジネスを自らも行っている

これに対し、ウーバー等は即座に声明を発表し、引き続き運転手たちを個人事業主として取り扱う方針のようだ。「自分たちはマッチングアプリ等を開発するテクノロジー会社であり、運転手たちによるライドシェア業務は、事業の中核を成すものではない」というロジックのようだ。

もちろん、この声明が出た直後、労働法弁護士により集団訴訟が提起された。その前からも既に同様の訴訟案件を多数抱えており、訴訟件数はこれからも増える想定だが、ウーバー等は強気の姿勢を崩さず、徹底抗戦していく模様だ。

とはいえ、多額の弁護士費用がかかるアメリカで、赤字続きの会社がどこまで戦い続けられるのだろう。一方で、そのまま運転手全員を従業員に転換すると、2〜3割の人件費増となるため、八方ふさがりの状況だ。

世界的に増え続けるギグ・エコノミー関連の訴訟
大西洋を渡って、イギリスに目を向けてみよう。同じくウーバーに対する運転手による待遇改善を求める訴訟は数年前から起きている。これまでは運転手側が勝訴しているが、ウーバーは控訴、上告し、今でも訴訟は続いているようだ。

米英と比較すると「ギグエコノミー」が未成熟な日本はどうだろう。10月、ウーバーイーツの配達員たちが労働組合を設立したというニュースが流れたが、日本でも個人事業主たちが「自分たちは実質的に正社員である」と主張する訴訟が多発していくのだろうか。

カリフォルニア州に戻るが、新法では、個人事業主が多い、医師、弁護士、会計士、建築家、美容師、不動産業者等は適用除外とされているが、対象となるのは、シリコンバレーにあるライドシェアや食品宅配の新しい会社ばかりではない。古くからある新聞や出版社、あるいは運送会社なども、契約中の個人事業主を従業員として雇用しなければならなくなる可能性が高い。ちなみに、カリフォルニアは新法対象になるようなフリーランサーを150万人も抱えているという。

トー・ゴー・サン・ピンって?
一方で、日本をはじめとする先進国の個人事業主は、あまり税金を支払っていない、という識者の指摘もある。「トーゴーサンピン」という古い日本語のスラングをご存知だろうか。

仮に課税所得を10とすると、税務署等が把握できる所得の比率(捕捉率)は、平均して「トーゴーサンピン(10:5:3:1)」になるという。10割補足されるのはサラリーマンをはじめとする給与所得者。彼らは逃げようがないわけだ。次に、本稿の主人公である自営業者で、捕捉率は5割に過ぎないという。残りの2つは、捕捉率3割の農林水産業者と、1割の政治家である。

他に「クロヨン」という表現もある(9:6:4の略。給与所得者は9割、自営業者6割、農林水産業4割)。これらの表現は相当昔の表現なので、今の比率は多少変わっているかもしれない。だが、自営業者の補足率が低いのは今もそれほど変わっていないはずだ。そうした捕捉率の観点からみると、個人事業主が従業員になることは必ずしもメリットばかりではないのかもしれない。

いずれにせよ、これから過去の延長線上には存在しない新しいビジネスモデルがどんどん生まれてくる一方で、延長線上にギュっとしがみつく法制度が、時代やビジネスの実態にあわせて改正されていくスピードはそれほど速くなることはないだろう。当然、実務と法律議論がかみ合わない部分が出てくるであろうが、日本でもこれから「ギグエコノミー」や「シェアリング・エコノミー」が加速度的に進化・深化していくなか、「従業員とは何か」という問いを企業は自問自答し続ける、社会的責任を負っているといえるのではないだろうか。

Steve Moriyama

 

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