ビジネス特集「転勤猶予カード」って、どう思う? (8/1)

ビジネス特集 「転勤猶予カード」って、どう思う?
 
 
NHK Web News 2019年8月1日 16時05分
 
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私、この夏、人事異動で東京から福井に転勤しました。そんな異動の内示の直前、気になるニュースをキャッチしたんです。それは「転勤猶予カード」。ある大手企業が、会社人生で社員が一度だけ切れるカードとして、この夏から導入しました。ビジネスパーソンなら多くの人が気になる転勤を、一度だけ猶予してくれるそうですが、一体なぜ?(福井放送局ディレクター 大川祐一郎)
 
ある大企業の挑戦
 
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「転勤猶予カード」を導入したのは、石油元売り最大手のJXTGエネルギーです。ENEOSのブランドで国内1万3000か所のガソリンスタンドを展開。売り上げは9兆円、社員は9000人余りの大企業です。
 
全国の主要都市に支店があるほか、ガソリンなどを製造する製油所などを14か所に抱え、原油調達のための海外拠点もあります。
 
社員は転勤を繰り返しながらキャリアアップするのが、まさに「王道」でした。
 
「恋人ができたから」でもいい
 
このJXTGエネルギーがこの7月、新たな人事制度として取り入れたのが「転勤猶予カード」。
 
会社人生で、これまで避けられなかった転勤を、最大3年間、猶予してもらえる。つまり、待ってくれるというのです。実際に紙の「カード」があるわけではありませんが、社員が会社に対して切れるカードという意味で、こういう名前になっています。
 
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社員は、今後の異動希望をヒアリングされた際、カードを切ると申し出ることができます。理由は問いません。出産・育児や家族の介護だけではなく、「家を買ったばかり」や「お付き合いしている恋人がいる」という理由でも、原則、会社側が受け入れてくれます。ただし、このカードを使えるのは1度きりです。
 
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制度を担当する人事部の新井健吾さんは、そのねらいをこう話しています。
JXTGエネルギー人事部 新井健吾さん
 
「会社の事業運営上も、社員本人のキャリアアップにとっても、転勤は必要だと考えていますが、家庭に与える影響は甚大です。働き方改革を進めていくためにも、仕事と家庭を両立できる制度が求められていると思います」
 
背景に業界の激変
 
JXTGエネルギーが転勤制度などを見直した背景には、激変する事業環境があります。
 
人口減少や若い世代の車離れ、燃費の向上などで、国内のガソリン需要は減少し続け、ガソリンスタンドの数も、この20年余りで半減。それに合わせ、石油元売り会社も再編を繰り返し、JXTGエネルギーも2017年に統合して発足しています。
JXTGエネルギーでは、2040年ごろには、ガソリン需要は、さらに半分になるだろうとみていて、これまでどおりの事業では将来性がない状況なのです。
 
そして影響は、採用活動にも。JXTGエネルギーをはじめ、エネルギー業界の新卒採用での人気は、かつてほど高くはなくなっているといいます。会社側は、転勤制度の見直しで、現在の社員にできるだけ長く、いきいきと働いてもらうほか、新卒採用の場でも人事制度で踏み込んだ施策を進めていることをアピールしたいと考えています。
 
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JXTGエネルギーの変化は、転勤にとどまりません。取材で訪ねて驚いたのは、社員の服装がずいぶんカジュアルなこと。中にはポロシャツにジーンズ姿の人もいます。
 
社外の人と接する機会が多い営業担当者には、もちろんスーツの人もいるようですが、石油元売り会社と言う堅いイメージの企業とは違う印象です。去年からカジュアルな服装で勤務する制度を導入し、多様性を尊重しながら、これまでの枠にとらわれない自由な発想を促したいというのです。
 
働き方見直し 対応迫られる企業
 
転勤は、多くのビジネスパーソンにとって、時に「悩みの種」になります。
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人事制度を変えていく取り組みとして、例えばAIG損害保険は、この春から転勤を望まない社員に対しては原則、転勤させない方針を打ち出しました。転勤をきっかけにした離職を防ごうというねらいです。
 
「働き方改革」というと、労働時間の短縮などが思いつきますが、転勤など、広い意味での働き方の見直しが進んできているのかもしれません。特に、夫婦共働きで、夫や妻のどちらかが転勤する場合に、どちらかが仕事を辞めなければいけないケースもあり、日本の企業社会の大きな問題の1つです。
 
従業員のライフイベントや会社の都合で、働く人にも企業にも不利益が出ないようにする工夫。「転勤猶予カード」のような取り組みが、そんな企業社会に一石を投じる「カード」になるかもしれないと思いました。
 
福井放送局ディレクター
大川祐一郎
平成23年入局
経済部でエネルギー問題などを取材
この夏から福井局
 

 

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