第206回 書評㉒ 湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』

「週刊エコノミスト」 2012年9月18日号

湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』朝日新聞出版、1300円+税

反貧困の闘士が面倒な民主主義に向き合う理由

著者は、08年冬の年越し派遣村で一躍有名になった反貧困の社会活動家である。政権交代後、都合2年ほど国の政策にも関与してきた。現在は、天下争乱の中心都市である大阪に拠点を移して、活動と発言を続けている。

なぜいま大阪から民主主義を考えるのか。ことは経済の衰退、格差と貧困の拡大、デフレ、高齢化、財政難などで日本社会が沈没の淵に立っていることにかかわっている。

社会全体に停滞感や閉塞感が広がり、仕事や生活に追われて余裕のない人が増えると、人々の間に「ズルして楽している人間は許せない」という怒りが広がる。そして、その義憤に押され、悪代官捜しが横行し、既得権益への切り込み隊長として、強いリーダーシップを持った水戸黄門的ヒーローへの期待が高まる。

これがいま大阪から国政レベルに拡がろうとしていることである。これも政治不信の表れに違いないが、これまでとは大きく違う点がある。これまでは、議会制民主主義というシステムを前提に、どの政党がいいか問われてきた。

いまでは、自民党にも民主党にも幻滅した人々は、第3、第4の既成政党にも期待できないでいる。このことは、議会制民主主義というシステム自体が不信の対象となったことを意味する。
国の政策への関与を経験した著者の言うには、民主主義は面倒くさく疲れるものである。民主主義とは、誰かに決定してもらうのでなく、自分たちで調整して合意を形成し、決めていくシステムであるからだ。

この面倒さにうんざりして、民主主義を放棄して、ヒーローに任せるという選択肢もありうる。しかし、著者はこの選択を否定し、議会政治と政党政治をあえて擁護する。

著者が『反貧困』でも説いているように、お金や制度や人間関係などの「溜め」が奪われれば、人々は容易に貧困に追いやられる。そういう社会では、いわゆる「勝ち組」からも余裕が失われる。

ヒーローの突破力に期待して、生活を支える「溜め」を「切れ、切れ」とはやし立てていると、気がつけば「自分も切られてしまっていた」ということになりかねない。

問題を単純に解決する「魔法の杖」は存在しない。問題を学んだり、議論したりするには、人々からそのための時間と空間を奪っている働き方が改善されねばならない。

紹介できなかった「最善を求めつつ最悪を回避する」運動論に学ぶためにも、お薦めの緊急出版である。

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