第184回 野田戦略会議が冷酷非情な「40歳定年制」を提言しました

今日の日経朝刊に、野田首相を議長とする国家戦略会議の「フロンティア分科会」報告書が出たという記事が載っています。それをこのブログの「注目のニュース」欄にアップしておきましたのでご覧ください。

フロンティア分科会には「繁栄のフロンティア」、「幸福のフロンティア」、「叡智のフロンティア」、「平和のフロンティア」の4部会が設けられ、それぞれのテーマについて検討しています。そのなかには、「環太平洋連携協定」(TPP)への参加を通じた貿易と投資の自由化」(繁栄のフロンティア)や、「集団的自衛権の見直しなどを通じた安保体制の拡充」(平和のフロンティア)などの提言も盛り込まれていますが、働き方との関連でとくに注目を引くのは、40歳定年制導入の提言です。

Webで総論にあたる「フロンティア分科会」の本文を開くと、「人生のさまざまなライフステージや環境に応じて、ふさわしい働き場所が得られるようにする。具体的には、定年制を廃し、有期の雇用契約を通じた労働移転の円滑化をはかるとともに、企業には、社員の再教育機会の保障義務を課すといった方法が考えられる。場合によっては、40 歳定年制や50 歳定年制を採用する企業があらわれてもいいのではないか」という文章が目に飛び込んできます。

これは、グローバリゼーション時代の国際競争に負けて、日本がこれ以上「坂を転げ落ちない」ためには、現在の「定年制」を廃止し、「有期雇用契約制」に転換する必要があるという提言です。

「繁栄のフロンティア」では、「人財戦略を国家戦略に」することが強調され、「有期を基本とした雇用や金銭解雇ルールの明確化」と合わせて、「皆が75 歳まで働くための40 歳定年制」の導入を提起して、次のように述べています。

「人生で2〜3回程度転職することが普通になる社会を目指すためには、むしろ定年を引き下げることが必要である。具体的には、入社から20 年目以降であれば、労使が自由に定年年齢を設定できるようにすべきである」。

定年制というのは、短期の再雇用措置がある場合も含め、通常は、一定の年齢をもって雇用契約が終了し、退職する制度を指します。しかし、上記の報告書は、40歳定年制の導入を持ち出しながら、「75 歳まで働ける環境をつくっていくための柔軟な雇用・解雇ルールの確立」と言ったり、「何歳でもその適性に応じて雇用が確保され、健康状態に応じて、70 歳を超えても活躍の場が与えられるというのが前提」と書いたりしています。

しかし、この付け足しの定年後の雇用は、うまく見つかるとしても、以前より賃金の低い、いつ解雇されるかわからない有期雇用です。40歳定年制は、どんな餡(あん)にくるもうと、「40になればクビだ」という制度である点で、冷酷非情な毒入り饅頭であることは隠せません。

私は、この報告書に目を通して、以前に監訳したジル・フレイザーの著書『窒息するオフィス 仕事に強迫されるアメリカ人』(岩波書店、2003年)の一文を思い出しました。40歳定年制は、ここにいうキャリア上の「死のキス」を40歳という若さで制度化しようというものです。

「今日では人々は、20代には派遣社員に登録するか、仕事がきつく昇進可能性が乏しい正社員のポストに就くかを選択することを迫られている。30代、40代には、会社のもっと働けという要求と、子どもや老親の世話をする必要との板挟みで苦労させられる。そしてさらに年をとると、これまで猛烈に働いてきたことが報われるどころか、在職期間が長く給与水準が高いために、失業させられる危険がいっそう高くなり、個人営業や非正規労働のほかには、ほとんど選択肢がないことを悟る。いまや証券業やハイテク分野のような冷酷な業界では、こうしたキャリア上の『死のキス』は40代の若さの人びとを襲っている」(同書、8〜9ページ)。

先日、本欄に「大阪が日本の首都となり、『維新諸法度』が公布された」悪夢の話を書きました。このたびの国家戦略会議「フロンティア分科会」の報告書は、2050年までに実現するべき日本の国家像をまとめたものです。その国家戦略の中心に据えられた雇用戦略だけをみても、この報告書が描いているのは、「維新諸法度」の悪夢にも劣らぬディストピア(暗黒世界)の日本社会です。

私たちの子や孫たちのためにも、こんな地獄の到来を許してはなりません。

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