日本弁護士連合会「実効性ある包括的ハラスメント禁止に向けた法制度の整備を求める意見書」 (2/21)

実効性ある包括的ハラスメント禁止に向けた法制度の整備を求める意見書
https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2020/200221_3.html

意見書全文 (PDFファイル;215KB)
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2020/opinion_200221_3.pdf

2020年2月21日
日本弁護士連合会

本意見書について

日本弁護士連合会は、2020年2月21日付けで「実効性ある包括的ハラスメント禁止に向けた法制度の整備を求める意見書」を取
りまとめ、2月21日付けで厚生労働大臣宛てに提出しました。

本意見書の趣旨

国は、いわゆるセクハラ、マタハラ、パワハラ、SOGIハラを含むあらゆるハラスメントの根絶に向け、仕事の世界における暴力と
ハラスメントの撤廃に関する条約(ILO第190号条約)を批准するとともに、禁止されるべきハラスメントを適切に定義して法律
及び指針に明記するなど、仕事の世界におけるあらゆるハラスメント被害の防止及び被害救済に資するよう、ハラスメントの包括的禁
止や被害救済を明記した実効的な法制度を整備すべきである。


 実効性ある包括的ハラスメント禁止に向けた法制度の整備を求める意見書

2020年(令和2年)2月21日

日本弁護士連合会

第1 意見の趣旨

 国は,いわゆるセクハラ,マタハラ,パワハラ,SOGIハラを含むあらゆるハラスメントの根絶に向け,仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約(ILO第190号条約)を批准するとともに,禁止されるべきハラスメントを適切に定義して法律及び指針に明記するなど,仕事の世界におけるあらゆるハラスメント被害の防止及び被害救済に資するよう,ハラスメントの包括的禁止や被害救済を明記した実効的な法制度を整備すべきである。

第2 意見の理由

1 はじめに

 2019年6月21日,国際労働機関総会は,仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約(以下「ILO条約」という。)と勧告を採択した。ILO条約は,暴力とハラスメントを「単発的か反復的なものであるかを問わず,身体的,精神的,性的または経済的害悪を与えることを目的とした,またはそのような結果を招く若しくはその可能性のある一定の許容できない行為及び慣行またはその脅威をいい,ジェンダーに基づく暴力とハラスメントを含む」と定義し,各加盟国にハラスメントの法的禁止等を求めている。

 セクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」という。),マタニティハラスメント(以下「マタハラ」という。),パワーハラスメント(以下「パワハラ」という。),性的指向又は性自認(SOGI〔注1〕)に関するハラスメント(以下「SOGIハラ」という。)といった働く者に対するいじめや嫌がらせは,被害者の個人の尊厳や性的自由,労働の権利を侵害するのみならず,労働環境全体に影響を及ぼす問題である。
〔注1 「Sexual Orientation & Gender Identity」の略称〕

 ところが,我が国には,ハラスメントの防止措置に関する規定はあるものの,行為規範としてハラスメントを禁止する明文規定は存在せず,被害者救済のための実効的規定も定められていない。

2 ハラスメント対策の現状

(1) セクハラについて

 男女雇用機会均等法は,2006年6月に事業主のセクハラ防止対策義務を配慮義務から措置義務とした。

 しかし,セクハラの禁止は法に明記されていない。そのため,加害行為に対する十分な社会的認識が進まず,職場によっては加害行為が放置される状況もある。また,男女雇用機会均等法の措置義務は,事業主の行政上の義務にとどまることから,労働者が事業主に対して措置義務の履行を直接求めることはできず,監督行政庁による是正指導も事業主の措置義務の履行に対するものにとどまり,被害者救済としての効果に乏しい結果となっている。

 また,男女雇用機会均等法が対象としているセクハラは,人事院規則10−10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)が定めるセクハラの定義と比較しても狭いものであり,その意味でもセクハラ防止には不十分である。

 そのため,現在もセクハラはなくならず,労働局雇用環境・均等部(室)に寄せられた男女雇用機会均等法関係の相談の中ではセクハラに関する相談が最も多く,2017年度は19,187件中6,808件,2018年度は19,997件中7,639件となっている。

 これに関しては,国連女性差別撤廃委員会から,セクハラに対して適切な禁止規定や制裁がないことについて繰り返し指摘を受けている。

 2019年5月の男女雇用機会均等法の改正によって,労働者がセクハラに関して相談をしたこと等を理由とする不利益取扱いが禁止されたが,これは当然のことである。また,セクハラに関する国,事業主,労働者の責務が明確化されたが,努力義務にとどまる。

 当連合会は,2005年「『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律』の改定に関する意見書」等において,条文例を示すなどしてセクハラ禁止規定の新設,独立した行政救済機関の新設などを求めてきたが,何ら実効的な改正は行われておらず,現在の規定ではセクハラを根絶するには不十分と言わざるを得ない。

(2) マタハラ等について

 いわゆるマタハラと呼ばれる妊娠,出産に関するハラスメント及び育児,介護制度の利用等に関するハラスメントについては,2016年3月の男女雇用機会均等法,育児介護休業法等の改正により,セクハラと同様,事業主の措置義務,紛争解決の援助,調停等が設けられ,前記改正法によって,セクハラと同様の改正がなされている。

 しかし,状況についてはセクハラと同様で,現在の規定ではマタハラを根絶するには不十分である。

(3) パワハラについて

 職場のいじめ・嫌がらせに関する労働相談は年々増加し,社会問題となっている。厚生労働省の総合労働相談に寄せられる相談件数では,職場のいじめ・嫌がらせが2012年度から最多となり,以後増加の一途をたどっている。パワハラが原因で精神疾患を発症し,自殺に至るという深刻な被害も生じており,精神障害の労災認定件数も増加している。

 これまでパワハラについて定めた法律がなかったところ,2019年6月労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」という。)の改正により,「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」を「優越的言動問題」と名付け,これがいわゆるパワハラとして定義付けられた。

 しかしながら,その内容は,男女雇用機会均等法,育児介護休業法と同様の事業主の措置義務,紛争解決の援助,調停等を定め,広報活動,啓発活動その他の措置を講じる国の努力義務とこれに対する事業主と労働者の協力義務(いずれも努力義務)を規定するにとどまっている。

(4) SOGIハラ

 いわゆるSOGIハラと呼ばれる性的指向や性自認に関するハラスメントについても,我が国の法により明確に禁止されていない。

 男女雇用機会均等法の「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」は,「職場におけるセクシュアルハラスメントには,同性に対するものも含まれる」とし,被害者の「性的指向又は性自認にかかわらず,当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも,本指針の対象となる」としている。しかし,これは被害者が同性であることやその性的指向や性自認のいかんによらず対象となることを確認したにすぎず,SOGIハラ自体を対象とするものではない。

 労働施策総合推進法の改正により,性的指向や性自認に関するハラスメントも取り入れられることになったが,後に述べるようにその内容が不十分であるばかりでなく,パワハラと同じように雇用管理上の措置義務の対象にとどまっており,SOGIハラを根絶するには不十分である。

(5) まとめ

 前記のとおり,セクハラ,マタハラ,パワハラ,SOGIハラといった働く者に対するいじめや嫌がらせは,被害者の個人の尊厳や性的自由,労働の権利を侵害する人権侵害であるところ,いずれの法律でもそのことが確認されていない。ハラスメントを禁止する規定も存在しない。

 社会からハラスメントによる被害をなくすためには,ハラスメントを禁止することを法律に明記することが必要である。さらに,被用者にとどまらず,フリーランスや就職活動中の学生など全ての者がハラスメントを受けずに働く権利を有することを規定することも重要である。

 そして,これらに実効性を持たせ,かつ,被害者の実効的な救済を図るためには,ハラスメントを明文で禁止した上で,禁止されるハラスメント行為が損害賠償請求の根拠となり得ることを規定し,セクシャルハラスメントにおける被害者の同意に関する立証責任の転換などのように,ハラスメントの特質に応じた立証責任の分配を検討し,被害者側の負担を軽減することが必要である。

3 包括的なハラスメント禁止の必要性について

 セクハラやマタハラ等は,パワハラと同時あるいは混在して行われることが多い。例えば,優越的地位を利用した各種ハラスメントはパワハラと一体であるし,マタハラやSOGIハラもセクハラとの区別が難しい場合が多い。

 それぞれのハラスメントを個別の法律で規制することは,周知性を阻害し対応機関が縦割りになる,職場での総合的・実効的な対応をしにくいなどの弊害がある。

 さらに,対象となるものの範囲も重要である。これまでも,就職面接の際に学生が性差別的な質問をされることがあったが,近年は就職活動中の学生がOB訪問の際にセクハラを受ける事件が報告されており,就職活動中の学生は立場の弱さから被害に遭いやすいことが浮き彫りとなっている。また,被用者のみならずフリーランスで働く者が,取引先,顧客等第三者から受けるセクハラ被害が多く報道され社会問題となっているが,これらは明確には男女雇用機会均等法における措置義務の対象になっていない。

 パワハラについても,自社の労働者が取引先,顧客等の第三者から受けるハラスメントや自社の労働者が取引先,就職活動中の学生等に対して行ったハラスメントは改正法の定義に該当するか判然としない。

 自社の労働者が取引先,顧客等の第三者から受けるハラスメントや自社の労働者が取引先,顧客,就職活動中の学生,実習生等に対して行ったハラスメントについても対処できるようにするためには,ILO条約と同様,ハラスメントから保護されるべき対象が広く規定される必要がある。

 そして,ハラスメントを引き起こす要因となる職場におけるあらゆる差別をなくすため,ジェンダーに基づくハラスメント,性的指向・性自認に関するハラスメントについても禁止することが必要である。

 ILO条約は,「暴力とハラスメント」について「単発的か反復的なものであるかを問わず,身体的,精神的,性的又は経済的害悪を与えることを目的とした,またはそのような結果を招く若しくはその可能性のある一定の許容できない行為及び慣行またはその脅威」と定義しており,包括的な定義で,第三者も対象とし,ハラスメント行為自体を禁止しているが,我が国においても,このような包括的なハラスメント禁止規定が必要である。

4 禁止されるハラスメントについて(指針の問題点)

(1) パワハラについて

 労働施策総合推進法において「優越的言動問題」とされたパワハラについては,厚生労働省労働政策審議会雇用環境・均等分科会において指針の策定に向けた議論がなされ,2020年1月15日付けで事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(以下「指針」という。)が告示された。しかし,指針ではパワハラの範囲を極端に狭めており,裁判実務や労災実務にも影響を与えかねない。

 例えば,指針では,「職場」について,「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所」を指すとしており,懇親会など業務遂行とはいえない場面において行われたハラスメントが含まれるか曖昧である。損害賠償請求が認容された裁判例の中には,職場外において就業時間外に行われた言動がパワハラに該当すると認められた例も存在しており,「職場」の定義を「業務を遂行する場所」と定義することは,事業主の措置義務の対象となるパワハラの範囲を著しく狭めることになり,問題である。

 また,指針では「優越的」の意味を「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」としている。その例示として,「同僚又は部下による言動で当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており,当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」や「同僚又は部下からの集団による行為でこれに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」とされている。しかし,同僚又は部下との力関係の差は,知識経験の差だけによって生じるものではなく,性別,職種,国籍その他の人間関係からも生じることがある。「優越的」の意味を指針のように解することは,抵抗又は拒絶できない関係ではないとの反論を許し,パワハラから除外されるおそれがあり,問題である。

 さらに,指針では「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動であるかどうかの判断に当たり,「個別の労働者の行動が問題となる場合は,その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係が重要な要素となる」と指摘している。しかし,労働者の言動に問題があれば,当該労働者に精神的又は身体的な苦痛を与えかねないような指導等が「厳しい指導」として許容されるという誤解を招きかねず,問題である。

 しかも,指針が提示している「該当しないと考えられる例」はハラスメント防止という観点から不適切な例示であり,再考を要する。例えば,精神的な攻撃に「該当しないと考えられる例」として,「遅刻など社会的ルールを欠いた言動・行動が見られ,再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること」が挙げられているが,「社会的ルール」や「一定程度強く注意」というもの自体が非常に抽象的であり,広く解釈されることでほとんどパワハラに該当しなくなるおそれがある。

(2) SOGIハラについて

 SOGIハラについても,労働施策総合推進法の附帯決議において「性的
指向・性自認に関するハラスメント及び性的指向・性自認の望まぬ暴露である,いわゆるアウティングも雇用管理上の措置の対象になり得ること,そのためアウティングを念頭においてプライバシー保護を講ずること」(衆議院厚生労働委員会附帯決議7−2項,参議院厚生労働委員会附帯決議9−3項)とあり,パワハラの類型の一つとして防止措置義務の対象となる旨が指摘された。

 これを受けて,指針では精神的な攻撃に該当する一例に「性的指向・性自認に関する侮辱的な発言」,個の侵害に該当する一例として「労働者の性的指向・性自認や病歴,不妊治療等の機微な個人情報について,当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」が記載されたが,不十分である。

 例えば,暴露の範囲が他の労働者に限られており,取引先やその他の関係者を含まないことは問題であるし,性的指向・性自認の望まぬ暴露(アウティング)を病歴や不妊治療等の治療の対象となるような個人情報の暴露と並列的に列挙しているのは,SOGIハラの特殊性を考慮していないと言わざるを得ない。また,指針は,精神的な攻撃の例として「相手の性的指向・性的自認に関する侮辱的な言動」を挙げるが,相手方(当該労働者)についてのみならず,一般論としての侮辱的言動も,上司はもちろん,同僚や部下からでも職場環境を害するハラスメントとなることも付記すべきである。

 

この記事を書いた人