IT各社、メンタル不調の未然防止へ取り組み本格化

朝日新聞 2013年8月13日

 情報サービス大手各社が職場のメンタルヘルス対策に力を入れている。クラウドコンピューティングの台頭など大きな技術革新が相次ぎ、業務は複雑化の一途をたどる。品質や納期に対する顧客からの要求も厳しく、第一線で働くエンジニアの負担は増している。メンタル面の不調を未然に防ぎ、働きやすい環境づくりを目指す各社の動きを追った。(斎藤正人、編集委員・斎藤実)

 ソフトウエア開発には特有のストレス要因がある。システムエンジンア(SE)が終日パソコンに向かって黙々と作業する、といった光景は当たり前で、チーム内のコミュニケーションは不足しがち。システムの複雑化で要件定義の難易度も高まっており、一度決まったことが何度も変わったり、顧客から必要な情報が必要な時期に得られなかったりすることもしばしばだ。

 ≪見えにくさが壁≫

 SEは客先で缶詰め状態で仕事をすることもあり、出退勤管理だけでは実態が見えにくい。しかもプロジェクト単位で仕事が重なると、困ったときに誰に相談すればよいかが分からなくなる。

 他の業界と比べてみても、情報サービス業界はメンタル不調者の割合が高い。厚生労働省の「平成19年労働者健康状況調査」によると、メンタルヘルス上の理由で休業・退職した労働者の割合は全産業平均0・4%に対して情報通信業は2・0%にのぼっている。

 ≪支援スタッフ育成≫

 こうした状況にいかに向き合うべきか―。富士通は「職場づくり支援スタッフ」制度を2008年12月に導入し、実績を積み上げている。定年を迎えた幹部経験者らを支援スタッフとして育成し、「現場に入り込む形で現場の幹部にアドバイスしたり、悩んでいる社員の相談に乗ったりしている」(三宅仁富士通常務理事健康推進本部長)。上司でもなく、“親戚のおじさんのような立ち位置”がポイント。問題をいち早く発見し、早期対応につなげている。

 支援スタッフは40人強。「素養や向学心が必要で、だれでもできるわけはない。ゆくゆくは80人程度にはしたい」(三宅氏)と打ち明ける。

 ≪当たり前を今に≫

 NECは11年度から部門長やマネージャークラスの管理職が集まり、部下のケアやマネジメントをどうしていくか意見を交換する場を設けている。これまでの2年間で3800人が参加した。

 意見交換の場は「あいさつをしようとか、部下と接するときはヒマそうにしようとか、言いたいことを気軽に言う雰囲気」(高橋亨NEC総務部シニアエキスパート)。参加者の中には、昔は当たり前だったことを今の職場に取り戻そうという思いがあるようだ。管理職がプレーイングマネジャーとして現場に立つことが珍しくない今、「忙しさで忘れてしまいがちな部下のケアをきちんとやることが重要」(同)と説く。

 【業界全体で底上げ/中小の環境改善がカギ】

 情報サービス業界は各社が連携して仕事を進めることが多い。業界全体の働きやすさを高めていくことも必要だ。そこでNTTデータは09年に従業員のメンタルヘルス改善の取り組みを開始。社内での取り組みの成果をもとにした「職場環境改善サービス」を情報サービス企業向けに提供している。

 独自の調査票を使い、一般的な仕事のストレス要因だけでなく業界特有のストレス要因も調査する。調査結果は「チーム内での連携」や「仕事の負担」「疲労感」といった要因ごとに数値化し、可視化する。

 調査結果は職場内で共有。職場のメンバーで議論し、改善策を検討・立案する。「全員の合意形成を重視する。改善策も自分たちで考えるのが基本」(村井敏行人事部健康推進室課長)。風通しの良い職場をつくり、メンタル不調の未然防止を目指す。

 一方、こうした大手企業に比べて中堅・中小企業の取り組みは後手に回っている。メンタルヘルスに特化したコンサルティングを手がけるメンタルグロウ(東京都港区)の相場聖社長は「特にシステムインテグレーターの業界ではメンタル不調者が飛び抜けて多い」と指摘する。元請けからの価格圧力は強く、現場の人数を減らさないと利益が出ない。1人のSEにかかる負荷は「ものすごい」(相場社長)。その半面、従業員の絶対数が少ないため、お金をかけて組織的な対策をとるのは間尺に合わないという現実もある。

 大手企業が中堅以下の企業を巻き込み、業界全体の環境改善を目指す―。きつい、厳しい、帰れないの「3K」という根強いネガティブイメージを一掃するためにも、ピラミッド型の構造を越え、業界が一丸となって職場環境の改善に取り組むことが重要だ。

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